小さな積み重ねを大切にしたい

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黙々と写真を撮っていると、かなり集中しているはずなのに、なぜかリラックスしているなと感じることがある。

時間も忘れ、ひたすら目の前の被写体と向き合い、どうすれば自分の求める表現ができるのか?を追い求めて、ひたすらシャッターを切る。

仕事の時のような緊張した集中とは全く違う感覚。

そもそも集中には、「緊張した集中」と「リラックスした集中」があって、それぞれ脳の状態も全く違うのだとか。

「緊張した集中」の時、脳内には興奮している時に出る「β波」が出ていて、ストレスを感じる状態なんだそう。 
それに対して「リラックスした集中」の時は、「α波」が出ていて、緊張感のないリラックスした状態。 

さらに「緊張した集中」が長く続けるのが困難なのに対し、「リラックスした集中」は、長時間続けるのが可能。 

つまり集中力を持続して、作業を続けるためには、リラックスした状態であることが必要不可欠ということなのだ。

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では、緊張してしまう場面で、リラックスした集中状態を作るにはどうしたらいいのだろうか?

「失敗したらどうしよう」「うまくできなかったらどうしよう」。。。 自信のなさから生まれる、そんな不安や焦りから、リラックスどころか変に力が入り過ぎてしまい、さらに緊張するという悪循環をもたらしているのが原因だなのかもしれない。

もちろん、絶対的な自信を持って臨めればそれがベストだけれど、それには経験を十分に積むという時間も必要になってくる。

でも、そんなことを言っていたら、経験を積んで自信が持てるようになるまで何もできなくなってしまう。

だからまず、今、するべきことは、できる限りの準備を精一杯すること。
準備が万全なら、それだけで安心感に繋がるし、自信を持って臨むことができる。

そして、いざ、本番になったら、とにかく目の前の作業に集中して、楽しむ余裕を持つこと!
緊張で心臓がバクバクしながらも、ふっと集中のスイッチが入って、リラックスした集中状態になる時がきっとくるはず。

そしてそんな小さな積み重ねがいつか大きな自信となって、どんな場面でも動揺しない揺るぎない自信につながるのかもしれない。

それには、やはりまず行動!
つい、頭でっかちになってしまって、いろいろ考えすぎてしまい動けなくなってしまう悪い癖のある私は、とにかく行動!ということを目標に頑張ろう。

人の心に届く文章を書きたい

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ブログを始めた当初は、自分のことしか考えていなかった。
とにかく自分の気持ちを知りたい、自分自身と対話したい。。。自分を変えるきっかけにしたい、そんな思いでいっぱいだった。

それが、しばらくすると少しずつ変化してきた。
もっと多くの人に届けたい、誰かの心に響く内容を書きたいと思うようになったのだ。

でも、不特定多数の人に届けようと思ったとたん、文章が書けなくなった。
ブログを書く意味を見失ってしまったのかもしれない。

では、私は何を目的にこのブログを書けばいいのだろう?

わからなくなった。

書けなくなった。

でも今日は、とにかく不完全な内容でもいい、結論がなくてもいい、とにかくなんでもいいから書いてみようと思いながら、今、こうしてPCに向かっている。

何度も書いては消してを繰り返すうちに、ふと気付いたことがある。

私が書きたいのは、不特定多数ではなく、自分と同じように悩んだり、もがいたりしながらも、必死で前を向いて進もうとしてる人に共感してもらえるような文章なのだ。

一時はアクセス数ばかり気にしていたけれど、多くの人にさらっと読んでもらうよりは、たった一人の人でもいい、何か感じてもらえるような文章を書きたいのだ。
そんなブログにしたいのだ。

そして、そんな人とブログを通して、心の交流が持ちたいのだ。

それは、そんな簡単なことではないかもしれない。
でも、たった一人でもいい、何かが届いたらこんなに嬉しいことはない。

だから、これからは、誰かを思い浮かべながらブログを書いてみようと思っている。
その誰かは、大切な友達だったり、家族だったり、ブログを読んでくれている人だったりも勿論だけれど、過去の自分と未来の自分に向かって書くブログも多くなると思う。

ということで、しばらくお休みしていたブログを再開します!

切れない包丁と私の悪いくせ

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ここしばらく、包丁の切れ味がとても悪い。
昨夜もネギを切りながら、「なんでこの包丁切れないの?もーーーイライラするーーー」と思いながら、切れないネギと格闘していた。

その時、ふと思った。
「私はなぜ、切れ味が悪いとわかっていながらこのまま使い続けているのだろう?」

「新しい包丁を買うのが面倒臭い」
「使えないわけではないし、我慢すればいいか」
「もしかしたら、私の使い方が悪いから切れない?」
「切れ味が悪いと思うのは気のせい?」

そこに私の悪い行動パターンのくせが見事に現れていることに気付いた。
「新しい包丁を買うのが面倒臭い」
→すぐ行動せず、先送りしてしまう。


「使えないわけではないし、我慢すればいいか」
→自分が我慢すれば解決すると思ってしまう。

「もしかしたら、私の使い方が悪いから切れない?」
→なんでも自分が悪いと思い込んでしまう。


「切れ味が悪いと思うのは気のせい?」
→問題に向き合おうとせず、見て見ないふりをしてしまう。

このブログを通して、自分自身を見つめ直し、思考パターン、行動パターンを変えようとしてきたけれど、まだまだ頭の中で考えているだけで、日常には落とし込めていなかったのだな〜と思った。

「包丁の切れ味が悪いことで感じる違和感」なんて、ほんの些細なものだけれども、ちゃんと立ち止まって、その違和感と向き合うことで、思わぬ気づきが得られるものだなと感じた。

そう考えると、日常生活、人間関係、仕事。。。なんとなく違うな、どこか違和感を感じる、そう思いながらも、気づかないふりしてそのままにしてしまっていることがどれだけ多いことか。

なにか違和感を感じたら、自分を見つめ直すチャンス!
気づかないふり、見ないふりはやめよう。

と、うまく切れずに、ぐちゃぐちゃになったネギを見ながら思った私でした(笑)

PS.確か、昨日のチラシに、いつも行っているスーパーに、刃物研ぎ屋さんが来るって書いてあったので、早速行ってみよう。

ブログに感謝!

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ブログを始めて1ヶ月が過ぎた。
ほぼ毎日、ブログを書くことを日課としたことで、自分自身の中で、色々な変化が起こっていることを実感している。


1、自分の気持ちを整理できるようになった。

書き始めるまでは何を書こうとか、内容もぼんやりしているのだけれど、いざ書き始めてみると頭の中がどんどん整理できて、書き終わる頃にはかなりすっきりするという、そんな新たな楽しみも見つけることができた。

ブログって究極のセルフカウンセリングだと思う。

もちろん、最初は、うまく書こうと身構えてしまったせいで、ブログに向き合うのが苦痛な時もあったのだが、ブログの更新を続ける中で、いろいろな気づきがあり、最近ではなにかが吹っ切れて、「もっと気軽な気持ちで書けばいい」と思えるようになったのだから、そんな自分の変化に驚いている。

さらにそれは、ブログに向かう時だけではなく、他の場面でも生かされるようになったのが何よりの収穫だと思う。
今までは、何をするにも完璧主義が邪魔してしまい、失敗するのが嫌で、せっかく興味をもったことも、もっともらしい理由をつけてやらずに終わってしまうことも多かったのだ。
それが今では、まずは気軽にやってみようと思えるようになった。
さらに、失敗したら、ブログのネタにしてしまえばいいや!とさえ思えるのだから、私もかなり成長したのではないだろうか?(笑)

2、文章を書くのが楽しくなった。

最初はとにかく自分のためにということしか考えていなかったので、ただ感情に任せて書いている日が多かった。
(今、読み返してみると、すでに恥ずかしかったりする 笑)

それが、日を追うごとに少しずつ読んでくれる人が増えてきたおかげで、客観的に自分のことを見て文章化することができるようになった。(読んでくれる人にわかりやすい文章を心がけるようになった)

そして、何と言っても、書くこと自体が楽しくなった!
正確に言うと、書いたものに対してコメントをもらったり、自分もコメントをするようになったりして、ブログを通して交流が生まれてきたのが何よりも嬉しく、書く喜びにつながったと思う。

3、気持ちの切り替えが簡単にできるようになった。

書いて気持ちの整理ができるとわかってからは、余計なことにくよくよ悩まなくなった。
いつまでも頭の中だけで考えていても、余計に不安や悩みが大きくなるだけでちっとも解決に至らないけれど、頭の中のモヤモヤを全て書きだして、客観的に見てみれば、実は大したことでないと思えたり、具体的な解決方法を考えたりすればいいと、気持ちを切り替えられるようになったからだ。

これは、本当にブログの効果が大きいと思っている。

4、いろいろな考えに触れることで、自分自身のことも俯瞰して見られるようになった。

ブログを書くようになったおかげで、いろいろな人のブログも読むようになった。
そこで、いろいろな立場、考えの人のブログに触れることで、視野が広がったような気がする。
実生活だと、どうしても同じような環境、年齢、考え方の人と過ごすことが圧倒的に多くなってしまいがちなので、そんな枠を破ってくれる存在が、様々な人のブログだったように思う。
そして、多様な考えに触れたことで、改めて自分の立ち位置を知ったり、自分自身を俯瞰して見られるようになったことも良かったと思っている。

こんな風に、たった1ヶ月のブログでこんなにも気づきがあるのだから、さらに続けることによって得られる気づきいかばかりだろうか?
2ヶ月、半年、1年。。。と続けることで、自分がどんな変化を遂げていくのか、それがとても楽しみだ!

助けて欲しい時は「助けて」と素直に言おう

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お願い事が苦手だ。

何か助けて欲しいことがあったり、頼みたいことがあっても、「助けて」とか「手伝って」と言えずについ我慢してしまう。

いわゆる、甘え下手、お願い下手ということになるのだろう。

これは、長女ならではの特徴らしく、「人に迷惑をかけてはいけない」という思いがとても強く、「迷惑をかけるくらいなら、我慢しよう」と思ってしまうのだ。

それから、甘えたり、お願いしたりすることに抵抗を感じる原因として、「甘え上手=人に媚びている」というマイナスなイメージを持っていたから。

学生時代は、甘え上手な友人を見ては、「うわ〜なんか男の人に媚びてるみたいで、嫌だ〜。私は絶対にあんな風になりたくない」とどこか冷ややかな目で見てしまうタイプだった。
だから、せっかく「大丈夫?」と気遣ってもらっても、「大丈夫です。一人でできます」と壁を作っていたように思う。

でも、結局、我慢に我慢を重ね、どうにもならなくなって、ひとりで「もう無理!!もう嫌〜!!!」と爆発したりしていたのだから、まさに手に負えない。

今ならわかるけど、勝手に自分で壁を作って、相手の親切を拒絶し、本当に失礼なことをしていたなということ。

もちろん、ひとりでできることは、今まで通りやったほうがいいと思うけれど、難しそう、助けがあったほうがうまくいくと感じたら、もっと気軽に「助けて」、「手伝って」って言ってもいいのだと思う。

つい、「相手に迷惑かも」と思ってしまいがちだけれど、相手に何かを頼める、頼るということは、信頼しているからこそできる「信頼の証」でもあるのだから、決して迷惑ではないはずだ。

確かに私も、誰かに頼られると、信頼されていると感じるし、役に立てたらとても嬉しい。
もちろん、頼られすぎ、さらには依存されてしまうのは困るけど。

さらに、我慢に我慢を重ねて、問題が深刻になってしまってから、「助けて」、「手伝って」と頼まれても、相手だって困るし、それこそ迷惑だよね。

だから、もっと気軽に「助けて」、「手伝って」、「相談に乗って」と言えるようにしたいなと思う。
問題が深刻になる前なら、相手だって、手伝うことも、無理だと思ったら断ることも、気軽にできるはずだ。

これからは、もっと気軽に頼んだり、頼まれたり、断ったり、断られたりという関係を築いてきたいなと思う。(気軽にがポイント 笑)

迷い始めたときが、変わるチャンス

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何かに悩んだり、迷ったりする時、私は本を読む。

「一番好きな場所」と聞かれたら、迷わず「本屋さん」と答えるくらい、本や雑誌が大好き!
まさに活字中毒とじゃないかと思うくらい(笑)

そんなわけで、このところ、少しでも時間が空けば本屋さんで過ごしている。
不思議なもので、特に欲しい本があって行くわけではないのだけれど、本屋さんをなんとなくぶらぶら歩いていると、その時の自分に必要なメッセージが書かれた本にたどり着くのだ。

そんな風にして出会ったのが、年を重ねるたびに美しく幸せになる女性の理由 吉本由美著というエッセイ。

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著者の吉本由美さんは、平原綾香さんの「Jupiter」を始めとして様々なアーティストの作詞を手がける作詞家であり、女性の生き方を応援するエッセイストだ。

吉本さんの本を読むのは、今回が初めてだが、「迷い始めたときが、変わるチャンス。」というキャッチコピーに惹かれたのと、「年を重ねるたびに美しく幸せになる」というタイトルに共感し、即購入(笑)

さらに、本屋さんでパラパラと立ち読みしたときに感じた、心地いい文章のリズム感や、現実的なアドバイスももちろんだが、一番惹かれたのは、日本語の美しさ。
とてもエレガントで、まさに私もこんな文章が書けるようになりたいなと思えるものだったからだ。

とても柔らかな文章で、心にスーッと入ってくるのだけれど、あとでじんわり効いてくるような感じで、まさに即効性はないけれど、続けることで効果が出てくる漢方とかハーブのようなイメージ。

この本で吉本さんが一貫して伝えようとしているメッセージは、

年齢のせいにして嘆くのではなく、
受け入れてベストを尽くす。
その意識の違いは大きいのです。

まず、自分の現在地点を知り、それを認めること。
そして、ただ受け入れるだけでなく、ベストを尽くすことが大切ということだ。

最近「ありのままの自分」という言葉をよく聞くけれども、今の自分を認め、それで満足してしまうのではなく、さらにそこからベストを尽くそうという考え方にとても励まされたのだ。

さらにこんな文言がある。

好奇心に正直であること。
やりたいと思っていたことを、やること。
やりたくないけれど、やらなくては自分が成長しないことを、やること。

今、私がこのブログを通してやろうとしていることは、まさに3つ目の「やりたくないけれど、やらなくては自分が成長しないこと」なんだと思った。 

こうやって本音で語ること、自分自身を表現しようとすることは、やはり私には必要なことだったのだなと再認識した。
他にも苦手だからといって避けてきたこと、後回しにしてしまったことは、たくさんある。
ここからも目を逸らしてしまったらダメなんだよね。

今、私はこれからの生き方に迷っている。
つまり、変わるチャンスを迎えているのだ。

迷っていることに対して、今まではマイナスイメージしか持てなかったけれど、これからは、チャンスが巡ってきていると思って、前向きに頑張っていこうと思う。

そんな気づきを与えてくれる本と出会えて本当に良かった!

自分のいいところ探し強化月間スタート!

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自分のいいところと、ダメなところってなんだろうって考えた。

ダメなところ、嫌なところ、直したいところはいくつでも浮かぶのに、いいところはなかなか浮かばない。
考えているうちに、自分がどんどんダメな人間に思えてきて、ますます自分のことが嫌になってしまった。。。

どうして、悪いところばかり次から次へと浮かんでくるのだろう?
それはきっと、普段から自分のダメなところばかりに目を向けているからなのかもしれない。

もちろん、今の自分に満足することなく、向上心を持って、より成長しようとすることは大切だけれど、今の私の状態はただの自分へのダメ出し、自己否定でしかない。

自分に自信が持てないと感じるのも、結局は日頃から、自分のダメなところ、足りないところにばかり目を向けているからなのかもしれないと思った。

もっと視点を変えていい面にも目を向けるようにしなくちゃダメだよね。

あるものにフォーカスするのか、ないものにフォーカスするのか。
あるものにフォーカスすれば自信に繋がり、ないものにフォーカスすれば自己否定に繋がる。

まずは、今の自分のいいところも、ダメなところも含めて、丸ごと自分なのだということを認めるところから始めるしかないのだと思う。
「いいところもあるし、ダメなところもある。でも、これが私!」と堂々と言えるようにすること。
そうなれば、怖いものはないような気がする。
自分のダメなところは、嫌というほどわかったので、今日からは、自分のいいところ探し強化月間スタートします(笑)

みなさんも一緒にいかがですか?

友達にもらった新たな目標

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このブログをはじめたきっかけは、「自分自身を変えたい」と思ったから。

なかなか本音を言えず、つい八方美人的な振る舞いをしてしまう私にとって、このブログが唯一、安心して本音で語れる場所だった。
だから、このブログは匿名で書いているし、もちろんこのブログの存在は誰にも教えていなかった。

でも、ブログを続けるうちに、だんだん気持ちも変化してきて、徐々に他の人にもこのブログの存在を知って欲しいと思うようになった。
だから、少しずつアクセスが増え、コメントが入るようになると本当に嬉しかったし、「自分のことを認めて欲しかった」という本音にも気づいた。

本来なら、匿名ではなくて、実名で堂々と本音が書けるようになれば一番いいのだけれど、実名を明かすにはまだ自信がない。

でも、それを避けていては、本当の意味で「自分の人生に自信を持つ」ことはできないと思っている。

そこで昨日、思い切って、一番大切な友達にこのブログの存在を思い切って打ち明けてみた。
正直、とても迷った。
自分のこんな姿を見せてどう思われるだろう?、もしかしたらひかれるかな?、こんな情けない姿を見せたらがっかりされるかな?。。。と不安だった。
でも、やはり彼女には、私の本当の気持ちを知って欲しいと思い、思い切って打ち明けることにしたのだ。

その日、彼女は悩んでいた。
簡単に答えを出すのが難しいことで、きっとずっと悩んで苦しんでいるんだろうなということはよくわかった。
答えが出せない問いに向き合い続けるのはとても辛いことで、できれば逃げ出したくなるし、簡単に決められないからこそ、悩むのだというとは、自分も経験しているからよく分かる。
だけど、最後に答えを出すのは、自分にしかできないのだ。
誰もが、自分の人生を自分らしく生きたいと思いながらも、思い通りにいかないことばかりで、時に迷い、悩み、立ち止まりながらも、前に進むしかないのだ。

私も躓きながらも、なんとか前に進もうとしている。
そんな私の姿を見て、何か感じてもらえればいいなと思っていた。

すると、しばらくして彼女から、ブログを読んだという感想が送られてきた。

「今の自分にとても励みになる。
 背中を押された感じ‥」

と書かれていた。
それを読んで、私は本当に本当に嬉しかった。
私にとって本当に大切な友達に、少しでも勇気を与えるきっかけになれたから。

ブログをやっていて本当によかったなと思った。
始めた当初は、完全に自分のためだけに書いていたブログだったのに、それが、誰かを勇気付けたり、誰かの背中を押すことができるようになるなんて思ってもみなかなった。
ましてや、一番大切な友達にとってのきっかけになれたのが何よりも嬉しかった。

これをきっかけに、私には新たな目標ができた。
読んでくれる人に、なにかのきっかけや勇気を与えられるような文章を書けるようになるということ。

そんな新たな目標を持つきっかけをくれた友人に心より感謝したい。

ありがとう!Sちゃん!!!

居心地のいい場所

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自分にとって、居心地のいい環境を選ぼう。

人も場所も。

家の中で一番気持ちいい場所で眠る猫のように。



以前、キツイ環境で仕事をしていたことがあった。
その当時は、毎日、「辞めるべきか、このまま続けるべきか」考えて、悩んで、でも結論が出せなくて堂々巡りが続いていた。 

その頃、常に自分に言い聞かせていたのは「逃げたら負け。負け癖がつく」という言葉。
もちろん、学びも大きく、この環境を乗り越えたら成長できると信じていたから、辛くても必死でとどまった。

しかし、結局、私も同僚も体調がおかしくなり、もう限界と思い始めた頃、会社が再出発をすることになり、そのタイミングで会社都合での退職となった。

あれから、まもなく8年位になるだろうか。

今思うのは、あの環境にしがみついていたのは、もしかするとただの執着だったのかもしれないなということ。

もちろん、大変な環境だけあって、学んだことも多く、かけがえのない経験として、今の自分の力になっていることも間違いない。

でも、環境を変えることは、決して逃げることでも、負けることでもなく、自分にとってよりよい環境にシフトするだけということなのだと思う。

辞めなかったことで学んだことが大きかったのと同じくらいに、辞めることで学べることも、大きかったはずだ。

一概にどちらがいいとは言えないけれども、必要以上に環境を変えることを躊躇する必要はない、と今は思う。

猫のように、どちらが自分にとって一番居心地がいいのか、心の声に従って行動すれば、きっとそれがベストの答え。


 

環境を変えるのは逃げることではなくて、ただ単に間違いを正すだけのこと。

無理してとどまり続けるのは、偉いのではなくただの執着。

そこに学びがあるのか?ただの執着なのか?

最後に決めるのは、自分の心の声。

何を着るかは、どう生きるかにつながる

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>50代になった女性が、ある日、途方にくれる。
>「クローゼット一杯、こんなに服を持っているのに、似合う服がない!!」


この言葉は、30年以上のキャリアを誇るファッションスタイリスト地曳いく子さんの著書「50歳、おしゃれ元年。」からの一節だ。
まさに自分のことだと思った(笑)

学生時代からおしゃれは大好きで、ファッション雑誌も熱心に購読していたし、ファッションにかけたお金もかなりのものだった。
さらに、断捨離ブームに乗って、引越しのたびに、大量の洋服を処分し、今のクローゼットにあるのは、お気に入りの服だけのはず。

なのに、出かける準備をするたびに途方にくれてしまう。
「着る服がない・・・」

今後の洋服選びの参考になればと思い、さっそく読んでみたところ、まさに目から鱗。。。
「昭和のおしゃれルールから抜け出せていない世代」に対するファッションの思い込みに対して、キレのいい文章で、ズバズバ切ってくれるのが、なんとも痛快!!

そして、よく読んでいくと、何を着るかはつまり、どう生きるかにつながるのだなと思った。

だから、 「50歳の現実から目を背けず、自分の変化、時代の変化を認めよう」 という言葉は、「今の等身大の自分を認めるところから全てが始まる」ということに繋がるのだと思う。

このところ、着心地や素材重視で、おざなりになっていたおしゃれだけれど、また楽しみたいな〜という気分になっている。
これもきっと自分らしさの表現につながると思うから。

地曳さんの本、「自分らしさを表現するにはどうするか?」に悩んでいる人にオススメ! きっと何かのヒントが見つかるはず。