読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

言わなさすぎもナルシスト

f:id:rainyajisai:20160909203222j:plain

これは、大好きなブログ「ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。」のヒビノケイコさんの言葉。

完璧を求めすぎて、いまの最大限を出すこともしない自分のほうが
へんなプライドと、傲慢さがあるように、感じました。

できることは、いまの最大限を出し続けること。
人前にさらすこと。

まさに少し前までの私だな〜と思った。

今、私はライターとフォトグラファーとして仕事をしている。
以前のブログにも書いたけれど、きっかけは趣味で書いていたブログが認められ、それが仕事になったという経緯があるので、自分の中では、きちんと勉強したり、経験を積んで、今の仕事をしているわけではないので、どこか自信を持てずにいたため、堂々とライターです、フォトグラファーですと名乗ることができなかったのだ。

文章や写真を褒められても、「いえいえ私なんて、ちゃんと勉強しているわけでもないし、全然ダメですよー」なんて答えていた。
だから、それではいけないと思い、こんなブログを書いていた。

 

褒められて素直に「ありがとう」と受け取れなかったり、ライターです、フォトグラファーですと言えなかったのは、謙遜と思っていたけれど、ただ単なる、自意識過剰、ナルシストだったんだ。。。と気づいて、結構ショックだった。

さらに、自分の中で、プロとしてやっていく覚悟が決まっていなかったというのも原因の一つだと思う。
名乗らなければ、もし失敗しても「プロじゃないんだから仕方がない」という逃げ道を作っていたのかもしれない。

いや、素直に認めよう。

プロとして仕事する覚悟がなかった。
失敗していた時の、逃げ道を用意していた。

「言ってることにふさわしい
自分になれるように毎日を律すればいいんじゃないかな」
と、わたしは思います。(追い込む、ともいいます笑)

できることはできると言い、できないことはできないと言う。

したいこと、挑戦してることは、 ちょっとずつ、言葉に出す。

失敗を恐れて、完璧になる日まで、 言葉も行動も、動かさなければ、
一歩も進まない。


私に足りないのは 「言っていることにふさわしい自分になる」という覚悟と努力。

まずは、その第一歩として、それまで空欄だったFacebookの仕事欄に「フリーランス ライター&フォトグラファー」と書いた。
誰にも知らせていなかった、個人HPのアドレスも掲載した。

本当に笑っちゃうくらいの当たり前のことができていなかったのだ。
ライター&フォトグラファーとして完璧になってから名乗ろうと思っていたから。
そもそも完璧主義の私が、自分で自分をこれで完璧と認める日が来るのかどうか怪しいのに(笑)

自分という資産を社会に公開すること。

いまの最大限を、まいにち続けること。

人前にさらすことが、 自分を律してくれる。

「あなたは、何を公開し、人の役に立っていきたいですか?」


私は誰かを笑顔にできるような文章を書くこと、写真を撮ることを目標にしたいと思う。
それには、まだまだ経験も実力も足りないけれど、完璧ではなくても、表現し続けることで、少しずつ目標に近づいていければいいと思っている。

大切なのは、辞めずに続けること。

一歩、一歩、こつこつと。

過去の自分を思い出していたら自信が持てるようなった

f:id:rainyajisai:20160908234242j:plain

ここ3日ほど過去の自分を振り返るブログを書いていた。

すると不思議なことに、「あ〜、私って結構頑張っていたんだな。。。」という気持ちが湧いてきたのだ。

それまでは、「私はなんて飽きっぽくて、ダメな人間なのだろう。なんの専門性も持たず、ただその時に興味があることにどんどん手を出して、それに満足すると、すぐに違うことに興味をもってしまう。本当に情けない。。。」そんな風に、自分の生き方を否定ばかりしていたように思う。

さらに、いつも周りの目や人にどう思われるかを気にするあまり、自分の本音から目を反らし、自分の意見というよりは、周りから求められる意見、周りから期待されている自分を常に演出していたように思う。

それが、思い切ってブログに書いてみたおかげで、気持ちの整理がついたのか、とても気持ちがすっきりしたのだ。
さらには、情けないと思っていた自分の生き方をさらけ出したおかげで、ある意味、開き直れたのか、これが自分らしい生き方なんだとやっと認めることができたようだ。

不思議なもので、自分で自分のことを認められるようになったおかげで、「私はこれでいいんだ」という自信さえも湧いてきたのである。

そもそもこのブログを始めたのも、タイトルにあるように、「自分に自信が持てるようになりたい」という思いがあったから。

始めた当初は、ただひたすらに、自分のダメなところをダメ出しし続けていたように思う。
それまでは、プライドが邪魔して自分の弱さやダメなところをさらけ出すことができなかった私が、ブログという匿名の空間ではあるけれども、それまでできなかった本音を晒すという作業を続けるに従って、それまで目を反らし続けてきた自分自身をやっと認めることができるようになったのかもしれない。

自分はこれでいいんだ。
ずっとダメだと思っていたけど、結構頑張っていた。

やっとそう思えるようになった気がする。

これもブログを書くことで、自己開示を続けていたおかげのような気がする。

そう思えた今は、とても気持ちが軽やかで清々しい気分だ。

ブログを続けていたら世界がどんどん広がった話

f:id:rainyajisai:20160907000910j:plain

ダメ元で応募した憧れのサイトでのライターの仕事。
ダメ元と思いながらも、なぜか通る自信があった。

結果は採用。

実は私は、仕事運がとても強い(笑)
今までやりたいと思っていた仕事は、ほぼ全部やってきたと思う。

主な仕事を並べてみると、
小学校教師→中学校美術教師→専門学校講師→カラーコーディネーター→会社員(ウェブデザイナー)→会社員(広報&企画の仕事)→(ほぼ専業主婦→)ブロガー→ライター→フォトグラファー(←いまここ)
こんな感じだ。

もちろん全てが順調だった訳ではなく、収入が足りなくて、短期の仕事や夜間のバイトもしたこともあるし、3つの仕事を掛け持ちしていたこともある。
特に公務員を辞めて、いきなりフリーランスになったばかりの時は、収入の面でも大変だったし、公務員という立場はいかに世間から守られていたのかということを思い知ることにもなった。
でも、苦労以上にやりたい仕事をやりたいようにできる自由とやりがいに燃えていたような気がする。(公務員時代は何かと制約が多かった)

周りからは、一生安定している公務員を辞めるなんて信じられないと大反対されたし、我ながらこの決断は大胆だったなと思うけど、全く後悔はしていない。

さらに仕事の遍歴をみると、一見何のつながりもないように見えるかもしれないけれど、自分の中ではちゃんと筋が通っていて、バラバラなようでいて、バラバラではないのだ。

そして、今はフリーランスのライター&フォトグラファーとして仕事をしているけれど、もしかすると、数年後にはまた違う仕事に興味を持つようになり、違うことをしているかもしれない。

実は、昔はそんな自分のことを恥じていた。

私には学校の教師や芸術系の仕事をしている友人がとても多いのだけれど、当たり前だけれど、みんなその道の専門家として大成している。

それに比べて、次から次へと違う仕事をしている私は、なんだか「軽く」「飽きっぽい」ような気がしていたのだ。

でも今になってやっと、公務員、会社員、フリーランスと様々な働き方を経験していることや、多様な職種を経験をしていることこそが自分の強みであり、自分らしい働き方なんだと思えるようになった。

そして、ほぼ専業主婦の時代にブログを始めたことによって、文章や写真で表現する魅力を知り、それが仕事として認められ、ブロガー→ライター→フォトグラファーと仕事の幅がどんどん広がってきている。

さらに、昨年は、カフェ巡りをしていた頃からの憧れだった「カフェ本」の出版にも携わるチャンスが巡ってきた。
その仕事の依頼がきた時の嬉しさといったら、もう飛び上がるほどだった。
もちろん仕事は大変で、思った通りの写真が撮れなくて悔しい思いをしたり、締め切り間際になっても文章がまとまらず、やっぱり自分にはまだこの仕事は無理だったかもとか、こんな大変な仕事、受けなければよかったなんて弱気になったこともあった。

でも、なんとかやり遂げ、完成した本が書店に並んでいるのを見た時の、胸が震えるような感動は今でも忘れることができない。

こうして、たまたま始めたブログをきっかけとして、私の世界はどんどん広がり、数年前までは思ってもみなかった仕事をすることができるようになったのだ。

好きなことを続けること、自分の選んだ道を信じ抜くことで、新しい世界は無限に広がるし、自分が想像している以上に自分の能力も才能も広がっていくのだと気付いた。

これから私の世界はどこまで広がっていくのだろう。
思い切り楽しみたいし、まだ見ぬ世界に期待でいっぱいだ!!

ブログを続けていたら仕事に繋がった話 ②

f:id:rainyajisai:20160907000903j:plain

趣味で始めたカフェブログが認められ、「地域の魅力をブログで発信する」プロジェクトの一員として仕事をすることになった。

このプロジェクトは、東日本大震災後に被災者雇用支援事業のひとつとして2011年の12月にスタートしたものだが、もともと、この地域に憧れて移住してきた私にとって、その魅力をPRをするという仕事は楽しくて仕方がなかった。

毎日、様々な場所に出かけ、いろいろな人に取材をし、記事を書くのだが、それまで趣味でやっていたことが仕事になり、報酬まで得られるのだから、こんな仕事ができる自分はなんて運がいいのだろう、本当に幸せ!と思いながら過ごしていた。

誰にも会わずに家に閉じ篭っていたのが嘘のように、仕事を通して、様々な体験をし、さらに貴重な出会いに刺激を受けながら飛び回る毎日だった。

その仕事は約2年間継続した後、任期満了で終了したが、ここでの経験は私にとって、とても大切な財産となった。

何よりも、写真を撮る楽しさ、文章を書く楽しさ、表現することの楽しさを十分に味わうことができたのはもちろんのこと、さらにその難しさ、苦しさ、いわゆる産みの苦しみもたっぷり味わうことができた。

思った通りの表現ができなくて悔しい思いもかなりしたし、同期の仲間には負けたくないと思いながら、必死に勉強した2年間だった。

そして私は徐々に、文章を書くこと、写真を撮ることを本格的に仕事にしたいと思うようになったのだ。

その頃、情報収集を兼ねて、様々な本を読んだり、サイトを見て研究していたのだけれど、その中に、とてもセンスが良く、素敵だな〜と思って憧れの気持ちで見ているサイトがあった。

いつかはここで書いてみたい、そんな気持ちで毎日見ていたサイトで欠員が出たらしくライターの募集がかかった。

応募の条件は経験者のみ。

もしかしてこれは次のステップに進むチャンス??

自分の実力を考えると自信は全くなかったけれど、ダメ元で思い切って応募してみることにしたのだ。

つづく

ブログを続けていたら仕事に繋がった話 ①

f:id:rainyajisai:20160901194539j:plain

はてなブログを始めて、約1ヶ月半。
でも、このブログを始める前に、2010年から他でブログを書いていたので、ブログ歴は6年以上になる。

そもそもブログを始めたきっかけは、仕事を辞めて新しい土地での生活を始めたこと。

仕事を辞めたことで、時間はたっぷりできたけれど、引っ越したばかりで友達はもちろん、知り合いもいないし、急に時間がぽっかり空いてしまったのだ。

そこで、以前からやりたいと思っていた写真を始めるために一眼レフカメラを購入し、写真を撮り始めた。

引っ越してしばらくは、自宅で大好きな猫の写真ばかり撮っていたのだけれど、しばらくして車を購入し(私の暮らす街は車がないとどこにも行けないような土地 笑)、行動範囲がぐんと広がり、いろいろなところに出かけられるようになった。

そこでお出かけ情報を探すうちに、地元では有名なカフェブログを運営していたある女性に出会った。

美しい写真に趣のある文章。
独特の世界観のある素敵なブログに夢中になり、掲載されているカフェに足を運ぶようになった。
と同時に、カフェで写真を撮ることに夢中になり、せっかくだからブログを始めてみようと思い立って、ブログをスタートさせたのだ。

ブログを始めて驚いたのは、一気に世界が広がったこと!

ブログを始めるきっかけとなったカフェブログの女性とはもちろんのこと、同じようなブログを書いている人と交流するなかで、写真と文章で表現する楽しさにどんどんはまり、気づけばアクセス数も上昇し、ファンも増えるようになった。

さらにカフェに出かけると、カフェのオーナーさんから、
「いつも素敵に掲載していただいてありがとうございます。○○さんのブログを見てきました!というお客様がとても多いんですよ」と感謝されることも多かったし、
お客さんからも、「○○ブログの○○さんですか?いつもブログ読んでいます!」と声をかけられることも多く、地元のカフェ好きの間ではちょっとした人気ブログとして知られるようになっていた。

そしてブログを始めて1年半近く経った頃だったろうか?
新しい土地での生活にもだいぶ慣れたので、そろそろ仕事を始めようかと思い、求人を探していたところ、なんと「地域の魅力をブログで発信する」という仕事を見つけたのだ。

見た瞬間、「なんて私にぴったりの仕事。絶対にこの仕事をする!!何がなんでもこの仕事やりたい!!!!」と即決し、すぐに履歴書を書いて応募したらすぐに連絡がきて、面接をすることになった。

面接官は、私のブログをすでに知っていて、「いつも見ていたんですよ。写真も文章も文句ありません。まさにこんな人に応募してもらいたいと思っていたので、ぜひお願いします」
ということで、結果は即採用。

待遇面、仕事内容など条件もかなり良くて、こんなにいい話があっていいのだろうか?と不安になるくらいの好条件だったのだ。

つづく

写真のススメ〜フォトセラピー〜

f:id:rainyajisai:20160904234340j:plain


写真を撮るのはなんでこんなに楽しいのだろう?

思う存分、写真を撮ってた後は、なんだかとっても癒されたような、心がすっきりした気持ちになる。

写真ってすごいな〜と思っていたある日、こんなブログに出会った。

kasakoblog.exblog.jp

今を生きづらいと感じている人にぜひおすすめしたいのが写真を撮ること。
カメラを趣味にすれば、生きづらい人生から脱して、 楽しい人生に変わるきっかけを得られるかもしれない。
私は写真がきっかけで、ネガティブ思考から脱することができた。
「フォトセラピー」という言葉もあるほど、 写真撮影は心のバランスを回復するのにすごくいい“治療手段”だと思う。

こちらの文章は、カメライターとして活躍中の「かさこ」さんの「ブロガーかさこの好きを仕事にするセルフブランディング術」からの引用。

写真を撮ることによって学べる、人生において大切なことが7つ書かれているのだけれど、ひとつひとつが「わかる!わかる!」「そう!そう!!!」と思わずうなってしまうような内容ばかり。

確かに写真を撮るって常にポジティブ思考。 


目の前の被写体をどんな風に撮れば魅力的?
この場所の素敵なところは?
この人の魅力って何?

そんな風に、常に良いとこ探しをする気持ちで毎日を過ごせるようになるのだ。

f:id:rainyajisai:20160904234032j:plain

こちらの写真は、雨上がりに、道端にある雑草を写したもの。

今までだったら決して目を止めることもなく、ただの「雑草」としてしか見ていなかったはず。

でも、写真を撮るようになってからは、キラキラ輝く素敵なイルミネーションに見えてくるから不思議。

何気なく過ごしている日常の中にだって、こんなにも美しい世界が広がっていると気づけたのも、写真を撮るようになったからこそ。

ものの見方、意識の向け方で、世界はまるで違ってくるのだ!

f:id:rainyajisai:20160904234031j:plain


かさこさんのブログには、さらにこんな記事も!

kasakoblog.exblog.jp

 
こちらも、まさに納得の内容。
ぜひ、たくさんの人に写真の素晴らしさを知って欲しいな〜と思った。

f:id:rainyajisai:20160904234022j:plain


私も、誰かに元気を与えたり、癒しになるような写真を撮ることを目標に、これからも撮り続けたい!!

一歩ずつ、地道に積み重ねるしかない

f:id:rainyajisai:20160901194531j:plain

変わること、新しいことを始めること。

誰だって怖いし、不安だ。

私だけじゃない。

自信に満ちて輝いている人だってきっと同じはず。

変わること、変わろうとすることは時に痛みを感じることもある。

今まで信じていたこと、習慣になっていたことを、捨てなければならないこともあるから。

でもその痛みは、いわば成長痛のようなもので、必要であり、越えなければいけないものなのだ。

結局、そうやって痛みを乗り越えながら、少しずつ強くなっていくしかないのだと思う。

様々な変化を乗り越え、痛みに耐え、気づけばいつの間にか、自分の生き方に自信が持てるようになっているのかもしれない。

結局、楽な道、近道はないのだ。

地道な一歩一歩の積み重ねが自信に繋がっていくのだと思う。

rainyajisai.hatenablog.com

運のいい女(ひと)の法則

f:id:rainyajisai:20160902001249j:plain

運のいい女(ひと)の法則 (単行本)

運のいい女(ひと)の法則 (単行本)

 

この本の著者のワタナベ薫さんのことを、私はずっと誤解していたようだ。


というのも、「美人になる方法」とか「運命のひと」とか「引き寄せる」というタイトルの本が並んでいたので、「あー、いわゆる引き寄せの人ね。。。」という認識だったのだ。

「願えば叶う」とか「ポジティブ思考」とか「引き寄せ」とか、いわゆる現実離れしたスピリチュアル系だと思っていて、苦手意識があった。

特に努力もせずに、ただ願えば叶うとか、お気楽な他力本願のように感じていたし、SNSで見かけるキラキラ系とか起業女子とか、お茶会とかセミナー、アメブロとかにうんざりしている自分がいたから。

でもたまたま手にとって読んでみたら、想像以上に現実的な内容で、なるほど!と共感出来る部分が多くて驚いたのだ。

なんかイメージしていたものと全然違う!

さらに日常生活にすぐに取り入れられることも多く、要は考え方が変われば行動が変わり、行動が変われば現実も変わってくるということなのだ。

そして最後に「人生で大切な3つのことは、愛と笑いと感謝の心」と締めくくられている。

当たり前と言えば、当たり前だけれど、案外、こんな当たり前のことができていない人が多いのではないかと思う。もちろん私を含めて。

とてもわかりやすい表現で、でも読んでいるうちに、心にじんわり効いてくる提言が盛りだくさん。

どうしてもマイナス思考になってしまう時や、なぜか前に進めずに停滞していると感じる時、自分の生き方に自信が持てない時。。。そんな時に、そっと背中を押してくれるような、頼りになる先輩の話を効いているように感じた本だった。

そして何よりも、この本を読み終えた時、自分の気持ちがとても上がったのだ!
(単純といえば単純なのかもしれないけれど 笑)

とにかく身近に置いておいて、繰り返し読んでみようと思っている。

それにしても、今までイメージや周りの評判だけで、苦手意識を持っていたけれど、失敗だったな。
他にもこんな風に食わず嫌いのものって、案外たくさんあるのかも?

イメージだけで勝手に、良い悪いを決めつけないで、まずはちゃんと自分の目と心で確かめてから判断しよう!

チャンスを逃すな!!

f:id:rainyajisai:20160901194516j:plain

夕方、夕食の買い物にスーパーに出かけた。

ふと空を見上げると、空がピンク色に染まっている。
見たことのないような美しいグラデーション。


「うわーーーすごい空!!こんな空の色、見たことない。何が何でも写真に撮りたい!!!」

でも、スーパーの駐車場からではビルが邪魔して、撮りたい写真が撮れない。
すぐに移動して、場所を探せば、この美しい夕日を写真に収めることができるはず。

一旦、スーパーに向かったところを車に引き返し、エンジンをかけたところで、なぜか行動にブレーキがかかった。

「今更、場所を探しに行っても間に合わないんじゃない?」
「写真を撮りに行って、またスーパーに戻るのって効率悪いよね」
「あーどうしよう。行く?行かない?」
「今から向かってもどうせ無理だよね」

そんな風にグズグズ考えているうちに、美しかった夕日はあっと言う間に消えてしまい、あたりは夕闇に包まれた。

せっかくのチャンスを逃した。。。
今日と同じ夕日はもう二度とない。
すごく後悔した。
今でも後悔している。

それくらい、強烈に「撮りたい!!!」と思った夕日だった。

「チャンスは一瞬だけ、後悔は一生もの。   
 
 勇気は一瞬だけ、得るものは一生もの。   

 考える前にアプローチすることが肝心。」

 
本当に、この通りだと思った。

今回はたまたま夕日を撮り損ねたという話だけれど、実はこんな風に出来ない言い訳を考えてしまってせっかく巡ってきたチャンスを逃したことは今までにも沢山あるのだ。

昔はもっと、直感で行動していたはずなのに、どうしてすぐに行動できなくなってしまったのだろう。
今思えば、無謀と思えるような行動も沢山あったけれど、不思議とうまくいくことが多かったし、今みたいに、余計なことを考えず、飛び込む勇気があった。

出来ない理由なんて考えなかったし、自分はできると思っていた。

年を重ねるごとに、いつの間にか守りの態勢に入ってしまったのだろうか?
だから、なんとなく自分に対して自信が持てずに、悶々とした気持ちになってしまうのかもしれない。

私の長所は、いいと思ったことはまずやってみるといった好奇心の強さと行動力だったはず。

もう一度、あの頃の感覚を取り戻してみよう!
そうすれば、きっと何かが変わるはず。

そんなことを考えていたらなんだかワクワクしてきた(笑)

限界を作るのも壊すのも自分自身

f:id:rainyajisai:20160831235911j:plain

今日たまたま読んだこちらのブログ。
胸に突き刺さる内容でした。。。

あの人見てると、
もうできない言い訳ができない

そんな人に出逢ったとき
距離をとって見なかったことにするか
あの人は特別だから〜と受け流すのか
自分も奮起して勝負をかけてみるか

それはあなた次第


確かに、私は逃げていた。。。

すごいなと思う人に出会うと、
「あの人には特別に才能があるから」
「あの人は恵まれているから」
「あの人は私とは違うから」

「だから私には無理」

そんな風にいとも簡単に諦めていた。

あの人と私との間に違いがあるとすれば、それは、本気で挑戦しようとしたか、本気で努力を続けたかどうかなのかもしれない。

結局私はいつも、自分で勝手に限界を決めて、
「私はここまでしかできない」
「私にできるのはこの程度」
「私なんてこんなもの」
と大した努力もしないで現状に満足していたのかもしれない。


いや、満足していると思い込もうとしていたのかもしれない。

やりたいのに無理だと諦めていたたくさんのこと。
「時間がない」「お金がない」「主婦だから」。。。
自分がいつの間にか作っていた、枠を一度全部取り払ってしまおう。
限界を超えた自分自身をみてみたい。
今はそんな気分。

自分で作った限界は自分で壊すしかないよね。

まだ決して遅くはないはず。