自分ごときが。。。

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最近、ガツンと来た言葉。

私なんて。。。が口癖のようになっていた。
正直「私が!私が!!」という自己主張の強いタイプは苦手だった。
日本人の多くがそうであるように、「私なんて。。。」という謙遜が美徳であるように感じていたから。

だから、自分のやりたいように自由に生きる人や失敗を恐れず夢に向かって行動する人のことを、どこか醒めた目で、「私はあの人とは違うから。。。」そんな風に思っていた。
さらに、行動できない自分を正当化するため、やらない言い訳ばかり考えていた。

だから、何気なく出会ったこの言葉の意味に気づいた時、ガツンときたのだ。
図星だったから。

もしかしたら、あの人は私とは違うと思っていた「あの人」も「私」も実は同じなのかもしれない。
「あの人」だって、失敗は怖いし、行動するのは勇気がいったのかもしれない。
違うのは、「自分ごときが」のスイッチを切って、行動したかどうか。

なんだか、とても背中を押してもらった気がする。
今年の最後にこの言葉に出会えたことを感謝したい。

こころが片づく「書く」習慣

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  • やらなければならないことに追われている
  • 一度落ち込むとなかなか立ち直れない
  • 気が重たいとつい先延ばししてしまう

不安や気がかりで頭の中がいっぱいになっていませんか?
書くだけで気持ちがどんどん晴れる「自分を変えるノート術」

そんなキャッチコピーに惹かれ、習慣化コンサルタント古川武士著「こころが片づく『書く』習慣」を読んでみた。

こころが片づく「書く」習慣

こころが片づく「書く」習慣

 

本書は、

  1. なぜ、書くだけで心が片づくのか?
  2. 不安と焦りを手放したい
  3. 自己嫌悪から解放されたい
  4. イライラを鎮めたい
  5. 「考えすぎて動けない」をなくしたい
  6. 怠惰な生活から抜け出したい
  7. わくわくする毎日をつくり出す

の7章からなり、書くことによって問題を解決できる18の「書くシート」を使って、不安や気がかりでいっぱいになっている頭と心を整理するというもの。

確かに心がざわざわして落ち着かない時、やるべきことに取り組みながらも集中できずに先延ばしにしてしまう時に共通しているのは、頭の中に次から次へといろいろな思いが浮かんでしまい、心ここに在らず、つまり目の前のことに集中できていない状態。
つまり頭の中がごちゃごちゃで整理できていない時なのだ。

私もよくこんな状態になってしまう。
結局、ただ思い悩む状態が続くだけで、堂々巡り。
あれこれ思いつくまま手を出し、どれも中途半端になってしまう。。。
結果、どんどん心の余裕がなくなり、追い詰められたような気持ちになり、さらに落ち込み、あげくの果ては、家族や周りに当たってしまう始末。
最悪。。。

早速、本書に従って、いくつかの「書くシート」を使ってのワークに取り組んでみた。

やはり「書く」ことによる効果は絶大。
何よりも、書き出してみることで、自分の頭の中を客観的に見ることができたのがよかったと思う。
自分の中にある不安や気がかり、やるべきことを全て書き出し、第三者の目線で眺めてみると、何が問題でどう対処すればいいのか、優先順位をどうつければいいのかの道筋が見えてくるのだ。

そして、ただ全て書き出すだけでなんだか気持ちがスッキリしてしまったのだ。

書くことによって、一旦抱えているものを全て手放し、離れたところから見ることで、状況や出来事を客観視することが大切なのだと思う。

そういえば、ブログを書いたあとに、妙に気持ちスッキリするのも、きっと同じ理由のはず。
改めて書くことの大切さに気づいこともあり、このブログを復活させようと決めたのだ。
ついでに10年日記も購入してしまった(笑)

書くことは、心の整理に役立つことはもちろんだけれど、正直面倒だなと思うこともある。
だからこそ、書くことを習慣化するには、何か仕組みが必要だ。
習慣化に関する書籍も読んでいるので、いろいろ試してみようと思っている。

自分の中にある面倒な自分との付き合い方

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このところ気持ちが晴れずにずっとモヤモヤしている。
とにかく何もかもが面倒臭くて、やる気が出なくて、動きたくない日が続いている。

もしかして、これって鬱?それとも更年期?
原因も理由もわからないもやもやからいつ抜け出せるのか、答えが見つからずに鬱々と過ごす日々。。。

こんな状態がいい訳ない、しっかりしなくちゃいけないってことは百も承知だけど、頭と心がバラバラな感じで、気持ちがどうにも切り替わらないのだ。

正直苦しいし辛い。

生き生きと活動をする人を見ては、自分と比べ、ますます落ち込む悪循環。
人と比べたって何もいいことないなんて、わかりきっているのに、つい比べちゃうのよね。落ち込むのがわかってるのに。

そんな中、ちょっと笑えたのが、久々にブログを書こうと思って、ここにアクセスしたら、下書きしたまま公開していない同じようなタイトルの記事が複数あるのを発見したこと(笑)

なんだか私っていつも同じことで悩んでいるのねとわかり、おかしかったし、なぜか肩の力が抜けた気がした。

もしかして、やる気が出ない、面倒臭くて動けなくなるのは、私の心の癖のようなものなのかもしれない。
それも、定期的に陥るやっかいで、頑固な癖(笑)

今までは、本を読んだり、無理やり行動しようとしたりしていた。
確かに一時的にはポジティブになって、行動し、やる気に満ち溢れた日々を送ることができたけれど、それがずっと続く訳じゃない。
定期的にやる気がなくなって鬱々とした日々を送るのだ。

だったら、まずはそんなやっかいな心の癖のある自分を認め、許し、うまく付き合っていく方法を考えたほうがいいのかもしれない。

まず、自分を俯瞰してみる。
「あーrainyajisaiさんは、今、ダメな時期なのね〜。でも飽きっぽい人だから、きっとそのうちやる気のない鬱々とした気持ちにも飽きて、またやる気が出てくるんじゃない?まあ、焦っても仕方ないし、のんびりいくしかないよね〜」こんな感じかな(笑)

自分を甘やかしすぎる気もするけど(笑)、ダメな自分にダメ出ししするからより落ち込んで動けなくなるのが私のやっかいな心の癖なので、まあよしとしよう。

これからもきっと長い付き合いになるし、本当にあきれるくらい面倒な自分だだけど、それも含めて全て自分と認め、落ち込んだ時は、「あ!また来た来た、面倒なあの人(笑)」くらいの気持ちで、自分の気持ちに振り回されずにいればなんとかなるんじゃないかなー、と思うことにしてみる。

やりたいこととやらなくてはいけないこと

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頭の中にやらなくてはいけないことがたくさんありすぎて、常に悶々としてしまう。

やらなくてはいけないことが多すぎて、やりたいことができないのか?というと決してそうではなくて、時間はあるのだ。

じゃあ、なぜ、やらなくてはいけないことも進まず、やりたいことも出来ないという今の状態は、いったい何が原因なのだろう。

私は、何に時間を取られ、何に心を奪われているのだろう。

今日1日を振り返ってみると、何をしている時間が一番長かったかというと、結局、たいしたこともせず、ただダラダラ時間を潰していたような気がする。
気の向くままにSNSを見たり、ネットサーフィンをしたり。。。

それが、一番やりたかったことなのかと言うと、決してそうではなくて、できれば避けたいこと。

なぜ、私はわざわざ避けるべき事をすることに時間を優先してしまうのだろう。

今日、やるべきことが何も進んでいないというのに。

あーーー嫌だ、嫌だ、嫌だ。

先送りする癖を直したい。

すぐ取りかかれる人になりたい。

とにかく今の状況、このやる気のなさをどうすれば脱することができるのか

確かにその通りだ。

なるほど!
確かに、頭の中にいろいろ浮かんでくると、ついつい作業を中断し、別のことを始めてしまうのは、私の悪い癖。

まずここから改善しよう。

読むだけで満足していても何も変わらない

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最近見つけたこの言葉。

9ヶ月間ブログを休んでいた私は、まさにこの「荷造りするだけで思考は旧宅にとどまったまま」状態だったことに気づいた。

確かに、いろいろなジャンルの本を読んだり、ブログを読んだりしていると、目の前が開けたような気分になったり、自分が変われた気がしていた。

でもそれは、「気がしていた」だけであって、決して自分が変わったわけでもなく、前に進んだわけでもなかったんだよね。

せっかくいい文章や言葉に出会っても、それが自分の実となって、力になるためには、やはり「書く」という一手間が必要。

思えば勉強だって、教科書を読んでわかったつもりになっていても、実際に自分で書いてまとめないと、全然覚えてなかったりしたものね(笑)

本当にその通りだと思う。
ブログを毎日書くことを目標にしていた頃は、書くことがなかなかみつからなかったり、文章がまとまらなくて、途中で投げ出してしまいたいことがよくあった。

でも、それでも続けたことで、自分の自信にも繋がったし、自分の気持ちを吐き出すことで、より深く自分を理解するきっかけにもなった。

ずっと放置していたブログを再開するのもなんだかみっともないから、また新しくどこかで始めようかと思ったけれど、それじゃ失敗を生かしたことにならないよね。

なので、この場所で、失敗を含めて日々の記録を残していこうと思う。

やりたいことがあるなのら、誰かが始めてくれるのを待つのではなく、自分が始めてしまえばいい。 そのほうが人生は何倍も楽しくなる!

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自分が言い出しっぺになって、新しく何かを始めるのは、正直しんどい。
うまくいくかどうかわからず、賛同してくれる人がいるかどうかだってわからない。
当然、様々な責任を負うことになる。

だから、今までの私は、やりたいことがあっても、自分が言い出しっぺになることは極力避けてきた。
誰か始めてくれないかな〜、そしたらそこに加わりたい。
そう思っていた。

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でも、今回、どうしてもやりたいことがあって、
でも、いくら探しても他にやっている人がいなくて、
なので、思い切って自分が「言い出しっぺ」になって始めてみることにしたのだ。

恐る恐る投げかけた「一緒に◯◯しませんか?仲間を募集します」という言葉。
ダメならダメでいい、予定通りひとりでやればいい、そんな風に半ば開き直って声をあげてみた。 

すると、どうだろう。
予想外の結果が待っていたのだ!

そう、嬉しいことに思った以上に多くの賛同者が現れたのだ。
同じ志を持ち、一緒に頑張れる仲間がいるということは、なんて自分に力を与えてくれるのだろう。

そして、何よりも、今、とても楽しいのだ。

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これから始まる新しい世界に胸を弾ませている自分がいるなんて、始める前は想像もできなかった。
そして、思い切って一歩踏み出せたことは、自信になり、さらにまた新たな活動への意欲へと繋がっているのだ。

こうして、自分が勇気を出して、行動することで、少しずつ小さな自信を積み重ね、それがいつか大きな自信に繋がってくのだろう。

このブログの題名でもある「自信のある自分に生まれ変わる」には、近道も楽な道もない。
日々の積み重ね、これにつきるのではないだろうか。

昨日の自分より今日の自分、今日の自分より明日の自分。。。
こうやって地道に積み重ねていくしかないのだ。

そんな自分の成長の後を残すためにも、このブログを続けていこう。

またイチから始めよう!

久々のブログ更新!
なんと前回の更新からすでに9ヶ月以上も経過してしまった。。。

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自分の中で、ブログを更新していないことはずっと気になっていたし、書きたいこともたくさんあったのだけれど、なかなか手が動かなかった。

ブログを書くことは、自分の中の深い部分と向き合う作業。
簡単ではないし、楽でもない。

ブログを書くことで、自分自身を振り返るきっかけになるという長所もあるものの、自分の中にある目を向けたくない部分、触れたくない部分をはっきり突きつけられるという、心の痛みを伴う作業という一面も持つのだ。

ブログを書けずに9ヶ月も過ごしてしまった理由は、要するに自分自身と向き合うことから逃げることを、自分に許してしまったから。

このブログにも何度も出てくる「完璧主義」の自分が大きくなってしまい、こうありたいと願う自分ではない不完全な自分(=完璧でない自分)を認めたくなくて、自分を表現すること、ブログを書くことから逃げ出してしまったのだ。

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でも、それならまたイチから始めればいいよね?
いくつになっても、いつからでも、気づいた時からまた始めることで、また違った景色が見えてくるはず。

0からいきなり100にはなれないけれど、0と1との間には大きな差があるはず。
だったら、たとえ小さな1でも踏み出すことに意義がある。
そう信じて、また新たな一歩を積み重ねていこう。

完璧主義に負けるな私!!

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PS。
ブログを更新していない間にも、驚いたことに毎日アクセスがあったことを知りました。
見てくださることがいることに感謝し、このブログが誰かの心に少しでも何かを残せるようにこれからも、更新を続けていこうと思っています。

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言わなさすぎもナルシスト

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これは、大好きなブログ「ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。」のヒビノケイコさんの言葉。

完璧を求めすぎて、いまの最大限を出すこともしない自分のほうが
へんなプライドと、傲慢さがあるように、感じました。

できることは、いまの最大限を出し続けること。
人前にさらすこと。

まさに少し前までの私だな〜と思った。

今、私はライターとフォトグラファーとして仕事をしている。
以前のブログにも書いたけれど、きっかけは趣味で書いていたブログが認められ、それが仕事になったという経緯があるので、自分の中では、きちんと勉強したり、経験を積んで、今の仕事をしているわけではないので、どこか自信を持てずにいたため、堂々とライターです、フォトグラファーですと名乗ることができなかったのだ。

文章や写真を褒められても、「いえいえ私なんて、ちゃんと勉強しているわけでもないし、全然ダメですよー」なんて答えていた。
だから、それではいけないと思い、こんなブログを書いていた。

 

褒められて素直に「ありがとう」と受け取れなかったり、ライターです、フォトグラファーですと言えなかったのは、謙遜と思っていたけれど、ただ単なる、自意識過剰、ナルシストだったんだ。。。と気づいて、結構ショックだった。

さらに、自分の中で、プロとしてやっていく覚悟が決まっていなかったというのも原因の一つだと思う。
名乗らなければ、もし失敗しても「プロじゃないんだから仕方がない」という逃げ道を作っていたのかもしれない。

いや、素直に認めよう。

プロとして仕事する覚悟がなかった。
失敗していた時の、逃げ道を用意していた。

「言ってることにふさわしい
自分になれるように毎日を律すればいいんじゃないかな」
と、わたしは思います。(追い込む、ともいいます笑)

できることはできると言い、できないことはできないと言う。

したいこと、挑戦してることは、 ちょっとずつ、言葉に出す。

失敗を恐れて、完璧になる日まで、 言葉も行動も、動かさなければ、
一歩も進まない。


私に足りないのは 「言っていることにふさわしい自分になる」という覚悟と努力。

まずは、その第一歩として、それまで空欄だったFacebookの仕事欄に「フリーランス ライター&フォトグラファー」と書いた。
誰にも知らせていなかった、個人HPのアドレスも掲載した。

本当に笑っちゃうくらいの当たり前のことができていなかったのだ。
ライター&フォトグラファーとして完璧になってから名乗ろうと思っていたから。
そもそも完璧主義の私が、自分で自分をこれで完璧と認める日が来るのかどうか怪しいのに(笑)

自分という資産を社会に公開すること。

いまの最大限を、まいにち続けること。

人前にさらすことが、 自分を律してくれる。

「あなたは、何を公開し、人の役に立っていきたいですか?」


私は誰かを笑顔にできるような文章を書くこと、写真を撮ることを目標にしたいと思う。
それには、まだまだ経験も実力も足りないけれど、完璧ではなくても、表現し続けることで、少しずつ目標に近づいていければいいと思っている。

大切なのは、辞めずに続けること。

一歩、一歩、こつこつと。

過去の自分を思い出していたら自信が持てるようなった

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ここ3日ほど過去の自分を振り返るブログを書いていた。

すると不思議なことに、「あ〜、私って結構頑張っていたんだな。。。」という気持ちが湧いてきたのだ。

それまでは、「私はなんて飽きっぽくて、ダメな人間なのだろう。なんの専門性も持たず、ただその時に興味があることにどんどん手を出して、それに満足すると、すぐに違うことに興味をもってしまう。本当に情けない。。。」そんな風に、自分の生き方を否定ばかりしていたように思う。

さらに、いつも周りの目や人にどう思われるかを気にするあまり、自分の本音から目を反らし、自分の意見というよりは、周りから求められる意見、周りから期待されている自分を常に演出していたように思う。

それが、思い切ってブログに書いてみたおかげで、気持ちの整理がついたのか、とても気持ちがすっきりしたのだ。
さらには、情けないと思っていた自分の生き方をさらけ出したおかげで、ある意味、開き直れたのか、これが自分らしい生き方なんだとやっと認めることができたようだ。

不思議なもので、自分で自分のことを認められるようになったおかげで、「私はこれでいいんだ」という自信さえも湧いてきたのである。

そもそもこのブログを始めたのも、タイトルにあるように、「自分に自信が持てるようになりたい」という思いがあったから。

始めた当初は、ただひたすらに、自分のダメなところをダメ出しし続けていたように思う。
それまでは、プライドが邪魔して自分の弱さやダメなところをさらけ出すことができなかった私が、ブログという匿名の空間ではあるけれども、それまでできなかった本音を晒すという作業を続けるに従って、それまで目を反らし続けてきた自分自身をやっと認めることができるようになったのかもしれない。

自分はこれでいいんだ。
ずっとダメだと思っていたけど、結構頑張っていた。

やっとそう思えるようになった気がする。

これもブログを書くことで、自己開示を続けていたおかげのような気がする。

そう思えた今は、とても気持ちが軽やかで清々しい気分だ。

ブログを続けていたら世界がどんどん広がった話

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ダメ元で応募した憧れのサイトでのライターの仕事。
ダメ元と思いながらも、なぜか通る自信があった。

結果は採用。

実は私は、仕事運がとても強い(笑)
今までやりたいと思っていた仕事は、ほぼ全部やってきたと思う。

主な仕事を並べてみると、
小学校教師→中学校美術教師→専門学校講師→カラーコーディネーター→会社員(ウェブデザイナー)→会社員(広報&企画の仕事)→(ほぼ専業主婦→)ブロガー→ライター→フォトグラファー(←いまここ)
こんな感じだ。

もちろん全てが順調だった訳ではなく、収入が足りなくて、短期の仕事や夜間のバイトもしたこともあるし、3つの仕事を掛け持ちしていたこともある。
特に公務員を辞めて、いきなりフリーランスになったばかりの時は、収入の面でも大変だったし、公務員という立場はいかに世間から守られていたのかということを思い知ることにもなった。
でも、苦労以上にやりたい仕事をやりたいようにできる自由とやりがいに燃えていたような気がする。(公務員時代は何かと制約が多かった)

周りからは、一生安定している公務員を辞めるなんて信じられないと大反対されたし、我ながらこの決断は大胆だったなと思うけど、全く後悔はしていない。

さらに仕事の遍歴をみると、一見何のつながりもないように見えるかもしれないけれど、自分の中ではちゃんと筋が通っていて、バラバラなようでいて、バラバラではないのだ。

そして、今はフリーランスのライター&フォトグラファーとして仕事をしているけれど、もしかすると、数年後にはまた違う仕事に興味を持つようになり、違うことをしているかもしれない。

実は、昔はそんな自分のことを恥じていた。

私には学校の教師や芸術系の仕事をしている友人がとても多いのだけれど、当たり前だけれど、みんなその道の専門家として大成している。

それに比べて、次から次へと違う仕事をしている私は、なんだか「軽く」「飽きっぽい」ような気がしていたのだ。

でも今になってやっと、公務員、会社員、フリーランスと様々な働き方を経験していることや、多様な職種を経験をしていることこそが自分の強みであり、自分らしい働き方なんだと思えるようになった。

そして、ほぼ専業主婦の時代にブログを始めたことによって、文章や写真で表現する魅力を知り、それが仕事として認められ、ブロガー→ライター→フォトグラファーと仕事の幅がどんどん広がってきている。

さらに、昨年は、カフェ巡りをしていた頃からの憧れだった「カフェ本」の出版にも携わるチャンスが巡ってきた。
その仕事の依頼がきた時の嬉しさといったら、もう飛び上がるほどだった。
もちろん仕事は大変で、思った通りの写真が撮れなくて悔しい思いをしたり、締め切り間際になっても文章がまとまらず、やっぱり自分にはまだこの仕事は無理だったかもとか、こんな大変な仕事、受けなければよかったなんて弱気になったこともあった。

でも、なんとかやり遂げ、完成した本が書店に並んでいるのを見た時の、胸が震えるような感動は今でも忘れることができない。

こうして、たまたま始めたブログをきっかけとして、私の世界はどんどん広がり、数年前までは思ってもみなかった仕事をすることができるようになったのだ。

好きなことを続けること、自分の選んだ道を信じ抜くことで、新しい世界は無限に広がるし、自分が想像している以上に自分の能力も才能も広がっていくのだと気付いた。

これから私の世界はどこまで広がっていくのだろう。
思い切り楽しみたいし、まだ見ぬ世界に期待でいっぱいだ!!